ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ38)

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傷口に視線を落としたまま、彼が口を開く。

「その…今回の件、上もだいぶ混乱しているみたいでして…Aさんの手術中に上司と連絡を取ってはみたんですが、今後の話はまだ協議中とのことでした」
「いえいえそんな…こちらこそご迷惑をおかけしました」

なにも明言できずにすみません、と深々と頭を下げるADさんに非がないことなんて分かりきっている。
こちらとしてもまさか女がすぐに行動に移すとは思わなかったにせよ、可能性がある段階で情報は共有するべきだったと反省しているし、事態を甘く考えていた部分はある。
かといって対策を取れれば良い、というものではないが。

私よりも気落ちしているADさんを励ましながらベンチに並んで座ると、「これお返ししますね」預けっぱなしだったリュックを渡された。
さっきまで土埃にまみれ、ところどころ擦れた跡がついていたはずのリュックがすっかり綺麗になっている。
聞けば、待っている間に拭ける範囲を綺麗にしてくれたようで、ただただありがたい限りである。
お礼を言って早速中からケータイを取り出そうとすると、

「そちらのチーフマネージャーさんには連絡済みで、すでに現場に来てもらっているそうです。楽屋でお待ちいただいている阿部さんと先ほど合流されたと、吉野が言ってました」
「えっ、吉野さんって…あの吉野さん？」

予想外の名前が出て驚く私に、ADさんはしっかりと頷いた。

「え、吉野さんを知ってるんですか？」
「知ってるというか、吉野は元々同じ番組を担当していた同僚だったんです。彼女の方が随分と出世しちゃいましたけど」

そして彼の口から、すでにこの一件はテレビ局全体を巻き込む騒ぎになっていると聞かされ、さらに驚いた。

流血沙汰になった事件の被害者が私で、そして付き添いをしているのが元同僚だと知るなり、吉野さんの方から彼に連絡をくれたらしい。
そこで私が病院に連れて行かれた状況を聞かされた彼女は、連絡先を知っていた田ノ上さんに知らせると自ら申し出てくれたうえに、楽屋で何も知らずに待機していた阿部さんにまで気を回してくれたようだ。
なんというか…さすがすぎて言葉も出ない。

何も解決したわけではないが、ひとまず田ノ上さんと阿部さんに連絡できて良かった。
怪我をしたことよりも、そっちの方に気を揉んでいたのだ。

行儀が悪いと思いながらも、壁に大きく寄りかかるように背中を預ける。

悩みが一つ消えたことにホッとしたら、一気に肩の力が抜けた。