ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ34)

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病院なんていつ以来だっけ。

周囲を威嚇するように咆哮しながら走る救急車に乗せられ、十五分ほどでたどり着いたのはテレビ局から一番近い救急病院。
私の横には番組スタッフのADさんが緊張した面持ちのまま付き添いとして同乗している。

サイレンの音が止み、車はゆっくりと減速しながら専用の入口へと向かう。
小さな坂道をあがった直後、ぐるりと旋回した車が止まったかと思えば、すぐさま後方の扉が開いて待ち構えていた数人の看護師さんに慌ただしく出迎えられた。

「先生待機してるので、このまま処置室に運びます」
「Aさーん、ご気分いかがですか？」
「はーい、ちょっと揺れますよ」

「はい」の一言すら返す間も無く、救急隊員の方と看護師さんの見事な連携プレイでストレッチャーが車から下ろされる。
保定ベルトで体を数箇所固定され、いかにも怪我人らしく仰々しく横になっているものの、私の意識はもちろんはっきりしているし、吐き気だってとっくに治っていて気分も悪くない。

すっ転んで腕を負傷した程度でこんな扱いをされるのが申し訳ないやら恥ずかしいやらで、さっきまでとは違った意味の冷や汗が浮かんでいた。
ただ、自分の体のことながら、この人たちの方がその道のプロフェッショナルだ。
この場で「元気です」「平気です」と伝えたところで、治療の妨げになるような信憑性のない自己申告など聞いちゃもらえないのだろう。

救急外来…しかも救急車で来てしまった以上は、もう腹を括って処置を受けるしかないのだと悟る。
それなら体力を無駄に消費せず、大人しくしている方がいい。

このあと何をされるのか考えると、ちょっとだけ怖い気持ちもあるし…

私を乗せたストレッチャーはスムーズな流れのまま病院内に入り、数人の救急隊員と看護師付き添いのもと迷路のような薄暗い廊下を進んでいる。
病院特有のアルコール濃度の高い消毒液の匂いが鼻を掠め、やんわりと眉間に皺が寄った。
余計に体調が悪化する気がして、昔から、この匂いはどうしても好きになれない。

「あの…大丈夫ですか？」

小さく声を掛けてくれたのは、私のリュックを抱えながら横にピッタリと張り付くように付き添うADさんだった。

ガシャガシャと揺れるストレッチャーの音。
バタバタと連なる足音。
そんなものに負けないように、私はADさんとしっかりと目を合わせて力強く頷き「大丈夫です」と伝えれば、彼だけは、ほんの少しだけ安心したように表情を緩めてくれた。