ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ4)

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阿部さんと訪れたナポリタン自慢の喫茶店は、史上稀に見る大当たりだった。

ボルドーのベロア生地で統一された年代物のソファに、使用感のあるダークブラウンの木目調のテーブル。
店内のスピーカーから控えめに流れるゆったりとしたジャズ。
チェーン店とは違う地域密着型のお店の、独特な時間の流れと空気感。

駅からも大通りからも離れた住宅街の中にあるせいか、もしくは開店間もないせいか、こじんまりとした店内にいたお客さんは、常連さんっぽい新聞を読んでいるおじいちゃんと、ご年配のご夫婦の二組だけ。
カウンターでは私たちの注文を受け、慣れた手つきでコーヒーを落としている白髪のダンディなマスター。

まるでフィルム映画のワンシーンを見ているような感覚だった。
こんな素敵な場所を探そうと思ったところで、なかなか巡り合うことはない。

外からは見えない、向かい合わせになった四人掛けのソファ席に案内され、失礼にならない程度に店内をキョロキョロと見回しながら感動しているところに、名物のナポリタンが到着する。
銀色の食器に乗せられた目にも鮮やかな赤色と、なんともいえない香ばしさが鼻をくすぐり、自然と顔が綻んでしまう。
正面に座る相手を見れば、向こうも私と同じように期待に胸を膨らませ、宝石のように瞳を輝かせながらフォークを握りしめていた。

「いただきます」と声を合わせてほぼ同時にナポリタンを口に運ぶ。
しばしの沈黙。
味は言うまでもない。

酸味と甘味のバランスが絶妙なケチャップソースに、中太の麺と昔ながらのシンプルな具材がよく絡まり、冗談抜きでいくらでも食べられる気がした。
サイドで添えられたミニサラダとゆで卵は、昔ながらの喫茶店の朝メニューの定番という感じでテンションが上がる。
もちろんコーヒーも絶品だった。

あまりにもパーフェクトというか「これぞ」という理想郷に出会ってしまい、一つ残らず出されたものを完食し、腹をパンパンに満たして車に戻った私たちは、あまりの満足感にしばらく放心状態だった。

「やっばい。この後撮影なのに何も考えずに食べちゃった」

バックミラー越しに阿部さんを見る。
その言葉とは裏腹に、あまりにも後悔なくやり切った顔をしていたので、もはやマネージャーとして叱る気にもなれなかった。

というか、同じ量を食べたうえにちゃっかり奢ってもらった私の方が罪が重いので、何も言えない。