ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ3)

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「仕事前にカフェのモーニング食べに行きたいなって。もし店内がダメなら持ち帰りでも良いし」

だからお願い連れてって、と阿部さんが手を合わせる。

なるほど。
そこには昭和レトロなナポリタンを謳う、見るからに美味しそうな限定モーニングが載っていた。
場所を確認をすれば、ちょうど現場に向かう途中で通り掛かるところにある。
道路が渋滞していなければ入り時間にも余裕だろう。

普段なら外で二人きりになる状況はマネージャーとして避けるべきところではあるが、今日は私が比較的かっちり目の格好をしていることもあり、もし誰かに気付かれたとしても、そういう関係だと誤解されることはないはず。

「Aさーん、ダメ？」

なんて上目遣いに聞いてくる阿部さんに、思わず唇を噛み締める。
手をやんわりと握られたところで、その口元がわずかに上がっているのを見て確信した。

コイツ、分かってやってるな。

「いいね、行こっか」

断る理由もなかったのでそう答えれば、阿部さんは私の手を握ったまま「やったー」と手を上げた。
エレベーターが地下駐車場に到着して扉が開くタイミングで手が離れ、彼は鼻歌まじりに歩き出す。
今日はやけにテンションが高い。
普段の彼らしからぬ突拍子も無い行動がおかしくなって、背中を追いかけながら笑った。

別に今日じゃなくても他の日に、誰かと行くことだってできるだろうに。

「リスク管理」と一口に言っても内容は様々で。
特に私は女だから、人一倍気を遣わなきゃ迷惑をかけるからと、そのせいで人付き合いが疎遠になっても仕方ないと諦めていることは多い。

仕事終わりのラーメンとか、休日の買い物とか、行けないとは分かっていても「Aさんもどう？」って誘ってもらえただけで安堵した。
仲間外れじゃないよ、と言われている気がして。

矛盾しているのは分かってたし、周囲を困らせるだけなので誰にも言ってない。

だけど、
たとえば、仕事の入り時間とか、喫茶店の場所とか、私の今日の格好とか。
わざわざ彼が声を掛けてくれたのが偶然なんかじゃないとしたら。
「まあ今日くらい良いか」と思ってしまうような機会を伺っている、あるいは、状況を作り出しているのだとしたら。

「Aさ〜ん、早く早く、鍵開けて〜」

送迎車の前で首をこてんと傾けて私を呼ぶ阿部さんに、慌てて駆け寄る。
鍵を開け、阿部さんが後部座席に乗り込むと、バックミラー越しに目が合った。

──いやいや、さすがにそんな訳ないか。