ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ14)

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履歴書によると、彼女は高校を卒業と同時に地方から上京し、都内の有名大学を卒業後、丸の内に本社を構える大手外資コンサルで働いている三十代前半のバリキャリとのこと。

黒髪を一つに結び、証明写真の中でこちらを真っ直ぐ見て微笑む彼女の顔は自信に満ち溢れていた。
歳も近く、私からしてみれば成功者のテンプレートともいえる輝かしい経歴を持ちながらなぜ…という疑問しかないが、例によって誤った阿部さんへの「愛」が、彼女の有り余る熱意を大いに歪めてしまったのだろう。
要注意人物と判断されてしまえば、この立派な経歴も何もかも、一切関係なくなるというのに。

いや、もしかしたらここに書かれていること全てが嘘で、阿部さんに近づくためのはったりなのかもしれない。
それを確認する手立てなどないが。

「向こうに名前が知られているということは、Aさんの顔もバレてると思った方が良い」

フェアじゃない。
そう言いたげに田ノ上さんが忠告し、私はハッとした。
思っている以上に危機は目の前まで迫っているのだ。
どこか他人事のように思っていたが、遅ればせながら、ようやく自分の立場を理解し始めると、途端に全身を何かが這うような不快感が駆け巡った。

相手側からしてみれば、さしずめ邪魔者である私を崖の淵まで追い詰めた…といったところか。

何より我々を悩ませたのは「近々直接お会いしましょう」という彼女からの挑発的な一文だった。
これにより会社側もいよいよこの件を「脅迫」と判断するしかなくなったというわけである。

どうとでも受け取れるその文言。
こちらのスケジュールをどの程度把握しているか知る由もないが、例えば事前に告知を出しているこのあとの生放送の一般観覧者の中に彼女が紛れ込んでいる可能性がないとは言い切れない。
この人物が履歴書通りの一般人だとすれば、我々に近付ける機会は一気に限られてくる。

「直接お会いする」
その言葉が私を嘲笑うかのように画面の中で不気味に踊っていた。
どちらにせよ、直近で接触する可能性の高い生放送の現場は、最大限の警戒をするに越したことはないと田ノ上さんは判断したのだ。

「──というわけです」

話し終わるなり、阿部さんは無言のまま運転席と助手席の間に置いていた私のリュックに手を伸ばした。
「なにそれ」と憤慨するか、もしくは心配するかのどちらかの反応を予想していたので、意外というか、なんだか肩透かしを喰らった気分だ。