ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ13)

今日:26 hit、昨日:175 hit、合計:164,198 hit

13 ページ13

＊

彼女は何かの拍子に、自分がかねてより熱望していたマネージャー業務に就く女がいることを知ってしまったのだ。
それも、推しのグループの。

自分が何度望んでも得られないものを、自分が知らないところで簡単に手に入れた女がいる。
そんな彼女の感情を想像するなど容易い。

最近送られてきた履歴書には、これまで通り、彼女がどれだけ輝かしい学歴や経歴を有していて優秀な人材であるか、どれだけ自分が会社に貢献できるか、どうして自分を採用しないのかという会社への批判と一緒に、マネージャーである私を名指し、清々しいまでの罵詈雑言を連ねた言葉の数々がびっしりと書かれていた。

彼女は私のことを相当な執念を持って調べ上げたに違いない。
かつて芸能活動をしていたことはもちろん、私ですら忘れていたドラマの端役のことまでもを取り上げ、嘲笑混じりに批判していたことに彼女の存在を初めて身近に感じたと共に、背中に氷を落とされたようなヒヤリとした鳥肌がたった。

こちらだけでは手に負えない。
そしておそらく、実害が出るのも時間の問題である。

そう判断した人事部が、上層部や関係部署に報告した上で私へメールを送ったと考えるのが妥当だった。
本文から経緯は理解できた。
だけど肝心の、会社側の対策らしい対策は三行程度しか記載がなかった。

対応については今検討している最中だから、ひとまず普段通り働きながら警戒して欲しい。
堅苦しく難しい日本語で書かれている内容を噛み砕くと、こんな感じである。

実は人事部から送られてきたメールの内容はある程度事務的に簡略化されたものであり、ここまでの詳細は書かれていなかった。

ではなぜ私が知っているのか。

答えは、田ノ上さんである。

滅多にない事態とはいえ、会社側の対応を些か頼りないと感じたのは私だけではなかった。
結果としてチーフマネージャー兼保護者のような立場の田ノ上さんが「ウチの子に何かあってからじゃ遅い！」と業を煮やしたのだ。

どうやって手に入れたのかは謎だしバレたら完全にアウトなのだが、先ほどの電話の際に身を案じた田ノ上さんから、その人物の応募データを丸ごと、こっそりプライベート用のケータイの個人チャット宛てに送ってもらっている。

なので田ノ上さんと私だけは人事部が開示しなかった証明写真の顔から氏名、住所、問題となっている志望動機から備考欄までの全てを把握していた。

罵詈雑言はさすがに見なきゃよかったと思ったが。